蒼夏の螺旋  “ステキなハロインvv”
 


 本格的な秋になったなと実感するのは、帰りの電車の中、窓から見える暮れなずむ風景が、なかなかしっとりした趣きになっているのに気づいた時だろか。都心に間近いベッドタウン、いわゆる“新興住宅地”へと帰るだけ。見えるものは団地やマンション、きれいに区画された住宅地に、線路沿いの幹線道路と駅前の繁華街。あとは、人工的に植えられた並木の緑などなどで、さほど情緒のある風景ではないのだけれど。それらを仄赤く滲ませての沈みゆく、夕陽の茜が徐々に宵の紫紺と入れ替わる頃合いの、どこか荘厳な、スペクタクルな夕景は。故郷のそれと変わりがなくて。ついのこととて、何だか視線が外せなくなったりもして。とはいえ、

 【(pi pi pi pi pi …)はいは〜い、ロロノアで〜すvv
 「ルフィか?」

 耳元に触れると何ともくすぐったい、伸びやかでお元気な声が聞こえてくると、そんな感傷的なムードも何処へやら。あっさりと吹き飛ばされてしまうから、考えようによっちゃあ現金なことこの上ないのかも。乗換駅からの“もうすぐ帰るよコール”を、自宅で待つ愛しい奥方へと掛けたのは。都心に本社を構える、某一流商社の企画渉外部にて、相変わらずの辣腕渉外担当として頼られまくりのロロノア=ゾロ氏、もうすぐ大台の三十代。
“余計なお世話だ。”
 あらあら聞こえましたか?
(苦笑) でも、このシリーズは一番の古株ですからねぇ。もうすぐどころか、きっちり数えたら三十歳なんて既に越しているのかもというほどの、お馴染みさんだったりする訳で。だってのに、当初から揺るがぬままに変わらないのが。会社勤めのサラリーマンには過多かも知れぬほどの、雄々しいまでの屈強精悍な肢体と強靭頑迷な意志の強さと、それから。愛くるしくもピュアな奥方への、不動なままの情と熱愛…と来たもんでvv 事情があっての離れ離れだったことが、皮肉にも逢えない彼への想いを心に深く強く植えつけることとなり。そして叶った奇跡の再会からこっち、そんな愛情は深まるばかりで冷めることを知らぬかのよう。時折らしくもなくセンシティヴになって、臆病な顔を覗かせることもある、そりゃあ大変な目に遭った愛しい人へ。生涯懸けても護りましょうぞとの誓いも堅く…実際は。しっかり者で、でも至って無邪気な奥方に、すっかりメロメロなままの ン年目というところか。
“うっせぇなっ。”
 おお怖い。そんなこんなな場外MCの一方で、
【 うひゃあ、もうそんな時間か。】
 皆まで言わずとも、何の御用のお電話かはさすがに伝わり。家事に忙しかったか、それとも今日はPC教室へ指導に行ってた日のはずだから、そちらの課題の採点か何かに手を取られていたものか。時間を忘れていたらしいお返事が返って来たものだから、
「何か買って帰った方がいいものとかあるのか?」
 買い物へ行きそびれちゃあいないかと、気を回して訊いてみれば、
【 あ、ううん。そういうのはないよvv】
 今度は軽快なお返事が返って来、
【 今夜はカリッカリの手羽先ギョウザとカボチャのそぼろ煮。ハクサイと小松菜のゴマ和えに、キュウリとニンジン、キャベツの千切りのコールスローだかんなvv】
 頑張ったから美味しいぞ、手羽先は今から揚げ始めるから早く帰って来いなと。無邪気にも言い張る語調の、何とも軽やかで腕白で愛らしく。

 「ああ、大急ぎで帰る。」

 ついつい綻ぶ目許口許を隠しもせず、丁度ホームへすべり込んで来た各駅停車の列車を眺めやった旦那様。じゃあ後でなと携帯電話を切ると、あと少しの家路、いっそ飛んでゆきたいかのように もどかしく思ったのは間違いない。そんな狂おしさをじっと我慢で押さえつけ、小さな住宅街の駅にて降り立つと、軽快な足取りのままにやっと辿り着いたのが幹線道路沿いの瀟洒なマンション。上階へと階段を駆け上がり、自宅のドアを前にしてチャイムを鳴らせば、
【 は〜い♪】
 インタフォンからの声に重なって、ドア越しの本人のお声も聞こえてくる。とたとた響くは、お元気なスリッパの音で、防音はちゃんとしているはずだから、半分くらいは待ってる旦那様の想像からも加味されての現象なのかもしれないが。うずうず待ってた間合い、実際は数秒もあったかどうかという、ほんの短さであり。

 「おっ帰り〜〜vv
 「…っ☆」

 中から開かれたドアの向こう。小あがりの框の手前の土間へまで、勢い余ってスリッパのまま片足踏み出して、出迎えてくれる小さな恋人。さっきまでそれでナベを掻き回していたのだろう、お玉片手の見慣れたお顔…のはずが。何だか物騒なオプションがついてたもんだから。こちらさんもまた、素晴らしい反射にて…後ずさってしまったゾロだったりし。

 「………るふぃ?」

 飛び出してきたのは確かに、今朝方ここから送り出してくれたルフィに間違いなかったが。ラグラン袖風に切り替えのあるTシャツにデニムパンツと丈の短いカフェエプロンという格好も軽快な、いつもの奥方に違いない筈だのに…。まん丸なおでこの上、前髪の生え際当たりだろうか。何だか違和感たっぷりの物体が乗っちゃあいないか? 直径10センチはありそうな、丸太みたいな鉄パイプみたいな重々しい物体が。しかもそれが、愛しい奥方の頭へ斜め上からぶっさり刺さっていた日にゃあ…。

 「何だなんだ、何なんだ、そりゃあっ!」
 「え? あ。」

 やばいやばい、外すの忘れてたと。びしいっと指差されたおでこへ手をやった奥方が、根元が黒々と鮮血を吸って濡れて光っている、上になったお尻の部分がいかにも大槌でぶちましたという感じで凹んでる、そんなそんな物騒な太っとい杭を。

 「いっててててて………。」
 「わあ、ルフィっ。」

 素手で引き抜く奴があるか、いや、そうじゃなくって。そもそも何でまた そんなものが突き刺さってたりするんだ…と。生まれてこの方、こうまでうろたえたなんてのは、目の前のこの愛しい奥方が、死んだと思ってたら生きてたのと再会出来たあの時以来じゃなかろうか…というほどのレベルの。とんでもない驚愕に総身を固まらせていたゾロだったのだけれども。
「落っこちないようにって、つけ髭やつけ睫毛用の肌に優しいボンドでくっつけてあるからさ。」
 そんでもこれだけのものが落ちないようにって粘着力だから、結構痛いったらと。前髪の下、おでこの端っこから、問題の杭…もどきをぺりぺりと剥がして見せたルフィだったりし。
「…何だそりゃ。」
「だから、はろいんの仮装の練習だっ!」
「…はろいん。」
 去年も一昨年も言ったと思うが、正確にはハロウィンだ。あ・いっけね、てへvv なんて。字面だけ追っている分には全然の全く動じていない、至ってお気楽な会話が続いており、

 「だからさ。
  PC教室の皆で、十月最後の…晩に子供を出歩かす訳には行かないから夕方に、
  ハロインぽい仮装パーティーしようってことになっててさ。」

 マンションのコミュニティホールを借りて、お母さん方が持ち寄ったり作ったりしたお菓子中心の、立食パーティーみたいなのをするんだぞ♪と。大人の彼は監督役であろうに、今からの このはしゃぎよう。

 「人騒がせなことを。」
 「だってさぁ。//////

 子供向けの衣装は写真館とかで案外と安く借りられるんだけど。大人向けはいきなり高くなるし店も限られてるしで、あんまり凝った変装って出来ないんだよな。

 「なので。着るものよりも仕掛けのほうで凝ってみましたvv

 風間くんのメル友さんに、こういうの扱ってる雑貨屋さんがいたんで、取り寄せてもらったんだ。
「怖かっただろー♪」
 鼻高々になってる奥方であり、リアルだったでしょ、根元が濡れて見えるトコとか。自慢話はまだまだ続くようだったので、

 「…だからさ、ルフィ。」
 「んん?」

 それをわざわざ遮っての、雄々しくも頼もしい胸元へ大きな手のひらを伏せて見せて、
「何かあったのかと、ドキィッとしただろが。」
 竹刀持ったら怖いものなしのロロノア=ゾロさん。いつぞやなど、武装した強盗を叩きのめして奥方を救い出したこともあるし、それどころか…これは内緒の武勇伝、不死の男を相手に死闘を繰り広げたこともある。生身の人間を相手に、その手で殺すかも知れぬ、そうでなきゃ自分が殺されるかも知れぬという凄絶な闘いは、スクリーンで観るSF映画ほど気楽な殴り合いじゃあなかったが。鋭い集中がそのまま相手を射貫くんじゃあないかというほどもの緊迫を解かぬまま、後生を懸けて身を投じたこともあったのに。

  ―― それが…そんなまで強くて怖いものなしのゾロである筈なのが。

 ほんの一瞥だけで心臓が縮み上がったんだからなと、苦々しいお顔になっているのだ、どれほどの威力だったかは明らかというもの。

 「でこ、赤いぞ。」
 「うんvv

 半分ほどは只ならぬ狼狽を見せたのへの照れ隠しだろか。懐ろ近くへと抱き寄せた小さな奥方の額へ、軽く口づけを落としてやり。その暖かさへと、くすぐったいようと無邪気に肩をすくめて、はしゃぐ若妻だったりし。

  ―― ゾロがあんな驚くんだったら、この仮装に決めちゃおうかな♪
      待て待て、あんな姿を外で晒すのか。

 本場のそれに比べ、まだまだお遊びの仮装大会の域を出ない日本のハロウィン。怖いのが良いんだなんて構えていると、あとあと小さい子たちから怖がられやしないかと案じた、心優しきご亭主だったようですが。どうかご安心を。確かにリアルな小道具ではありましたが、

 『そのすぐ下にあるのが、ああまで無邪気なルフィ先生の笑顔じゃあねぇvv

 真っ黒なサングラスを掛けさせられた、風間さんチのシェルティのチョビくらい、怖いどころか可愛いほどだと。そっちの評判ばかりが上がった当日だったこと、知らされるのは後日の段。今はそんな化けの皮が剥がれた可愛らしい奥方を、当然のこと独り占めにして、

 「本当にビックリしたんだからな。」
 「うん。ごめんてばvv

 身を寄せ合っての うにうに・すりすりvv ドキドキした分の反動もあっての甘い睦言を囁き合って。仲良くお家へと上がってったお二人でございます。





  〜Fine〜  07.10.18.


  *ネズミーランドや大阪のU○J(銀行に非ず)で
   限定イベントやパレードが華々しくも催されるせいですか。
   ハロウィンはどんどんと日本にも浸透して来た模様ですね。
   日本人だって節分の由来とか七夕の始まりとか、
   正確に知らない人は珍しかないのだから、
   別に正確な起源をいちいち知らなくたって良いのかも知れませんが。
   一応は宗教的な行事です。
   あまりに逸脱したバカ騒ぎは控えましょうね。

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